23年前の今日は、第二の人生のスタートを切った日です。2002年8月13日の午前5時ちょうど、夜明けとともに私は、栃木県にある黒羽刑務所から仮釈放されました。
本来なら仮釈放が行なわれるのは、決まった曜日の決まった時刻。確か黒羽刑務所では、毎週水曜日の午前9時頃だったと思います。土日祝日や年末年始、お盆休みの間は、仮釈放はないはずでした。しかし、私の場合は違ったのです。刑務所側が妻に送ってきた書面には、こう記されていました。
〈当日は盆休み中ですが、マスコミ取材等の混乱を回避するため、早朝午前五時に極秘裏に釈放いたします。本人の出所に関する情報の取り扱いは、十分にご留意ください〉
当時、田中真紀子代議士や辻元清美代議士が秘書給与詐取疑惑で騒がれており、私のもとにも多数の取材依頼がくるという、そんな事情もあったからなのでしょう。
その日、まだあたりが宵闇に包まれるなかでした。入所時よりも10数キロ体重が減った私は、1年2カ月分の作業賞与金3万7877円を受け取り、刑務所の出口に向かったのです。
迎えに来た妻は、前の日から車を近くの農道にとめ、一人車中で一睡もせずに待ってくれていたようです。
私と目が合うなり、泣き笑いのような表情をして駆け寄ってきました。そして、ひと言。
「お帰りなさい。ご苦労様でした」
「苦労したのは、そっちのほうだと思うよ」
会話は、それ以上続きません。とにかく、妻への申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいでした。
車に乗った途端、急に明るくなった東の空。あの紫色に染まった娑婆の光景は、今でも目に焼きついています。実は、その記憶を装幀として使ったのが、文庫版『累犯障害者』の表紙です。彼ら累犯障害者にも曙光あれ、という思いを込めたのでした。
433日間の獄中生活――。私にとってそれは、4年間の大学生活、あるいは10数年間の議員生活と比べても、より奥深い人間社会を学ぶことができた貴重な時間となりました。
あの経験をさせてもらったことに感謝‼
