実は私、国会に戻るつもりなど全くなかったんです。
25年前、過去に罪を犯した者が戻っちゃいかん、そんな思いもありました。
刑務所から出たあと、議員時代の反省に立ち、一人ひとりの障害のある人たち、あるいは生活困窮者と言われる人たち、こういう人たちの地域での生活をお支えする、こんな福祉の現場での仕事に満足もしてましたし、そういった人たちが仕事に就く、初めてまともな仕事に就く、そしてそこで初めてもらった給料明細書を持って、にっこりと笑う。その笑顔、素晴らしいと思いました。
これまでずっと排除されてきた、
「空気読めない」
「おまえ、仕事やっても効率が悪い」
そう言われつつ、どんどんどんどん社会の隅に追いやられてきた彼をもう一回、社会の中に戻して、生活できるようになったら、納税者にもなるんです。
いま、社会の中で見えないところで、本当に惨めな生活、貧困生活を送っている人、たくさんいます。どうか、見捨てないでください。
刑務所の中で、刑務所に入るまでは普通の生活をしていた人、たくさん知り合いました。
例えば、ある国立大学の教授をやっていた。ところが、奥さんが倒れてしまった。
したがって、福祉事業所を探した。入所してもらおうと思った。
でもすぐにはそういう介護施設、入れないんです。特別養護老人ホーム、二十何万人も待機者がいます。家族介護を強いられたんです。
大学を辞め、10年間奥さんの介護を献身的にやっていた。でも、だんだん奥さんの認知症もひどくなって、最後は暴れ出すようになってしまった。
「一緒に死のう」ということで無理心中をして、結局その介護をしていた方は生き残った、この殺人事件。他人事じゃないんです。
自分が、自分の家族が、いつ排除されるか分かんない。危なっかしい社会ですよ。
こんな社会、ゴメンです。
排除されたり隔離されたりすることのない社会、これを目指して先頭に立って頑張ってまいります。
(2025年7月8日 錦糸町街宣より)